ウーマンリブと生活設計

戦後の日本で育った少女たちにとって、もう一つの大きな意味を持つ状況は、「男女共学の民主教育」でした。


現在、ある生命保険会社で、特別研修生の育成・指導に当たっているH・T子は「私の場合、とくに中学のクラス担任が『男女平等』の理念を強調する民主派の先生だったので、それが当然と思いこんだし、実際にも大学を卒業するまでは、具体的な女性差別を感ずることもなかった」と回想しています。


ところが、学生生活が終わり、いざ実社会に出るとなると、就職の第一歩から「性差別」に直面せざるをえません。


たまたまH・T子は、女性でも活躍している人の多いマスコミの一角に入ることができました。


しかし、身体を悪くしたこともあり、療養後、仕事の楽な庶務課に配属されてしまいました。


そこから、彼女のチャレンジが始まります。


まず、「男と対等に働くには、専門的な能力がなければダメだ」と考えたH・T子は、夜間のコピーライター養成講座に通い、トップクラスの成績で卒業します。


それを「能力開発」と「体力回復」の証明材料として、編集部への配置転換を希望し、会社に認められました。


雑誌の編集やイベント企画の仕事に熱中して、数年がまたたくうちに過ぎました。


その後、療養中に知り合った男性と結婚し、養父の経営する印刷工場の仕事を手伝うことになりますが、夫が死去。


婚家から離れて、再びシングルライフに戻り、フリー・エディターになったのです。


このような女性の話は、派遣 千葉で働く女性たちに勇気を与えるものだと思います。

2つのミニ・ドラゴン 6

香港側は、97年まではあくまでも列車の運行管理は、イギリスおよび香港政庁の責任だと考えます。


乗客の将来の利便を考えて、いまのうちにスピードアップのための新エンジンも導入したいし、列車のカラーや、客室の設備も豪華にしたい・・・。


しかし97年以降、この列車の運転席に実際に座るのは中国政府です。


列車の売り渡し契約(中英共同宣言)では、そうなっています。


売却がすでに決まっているその車両(香港)について、現在の所有権者が次の所有権者の了解なしに、勝手にデザインや機能を変更できるでしょうか。


雛不協和音「三部曲」新空港計画について中国側の承認を得る外交交渉の過程で表面化してきたのは、香港は返還の時点で中国側にどれだげの財政備蓄を残せるのかという財政問題でした。


香港政庁には、土地を民間に払い下げその資金をプールする「土地基金」(ランド・ファンド)と、毎年度予算の黒字を積み立て、一部は外貨預金として外国為替の準固定相場制を維持するためにも使われる「財政備蓄金」の2つの財政プールがあります。


このうち「土地基金」は中英共同宣言によって、返還後の香港のために全額が残されることになっています。


その額は、97年時点で香港側の試算では750億香港ドル程度でした。

2つのミニ・ドラゴン 5

中国側の事前の了解もなく突如発表されたこの空港計画は、返還移行期の中英問の外交課題としても浮上することになりました。


総額1270億香港ドル(1香港ドルは約18円)という投資規模はあまりにも巨額で、97年以降、中国が管理する香港に大きな負債を残す可能性があること。


空港の第一滑歩路の完成と供用開始は返還の直前97年6月に予定されてまするが、そのほか港湾施設を含む全体計画は97年をはるかに越える長期的なものであること。


つまり、将来の財政負担も建設を管理する責任もすべて引き取らなければならないのは、中国です。


さらにイギリスおよび香港政庁は、空港建設によって欧米企業に多くの工事を発注するなど利益を独占し、返還前に香港の財産をすべて持ち逃げするのではないか。


空港建設に多くの外国資金を導入し、海外の関心を引き寄せることによって、香港の将来問題を引き続き「国際化」させる意図があるのではないか、という中国側の疑念もあります。


新空港問題についていえば、前述の「97列車」にたとえ、そのデザインをどうするかという問題だという説明もできます。

2つのミニ・ドラゴン 4

この巨大プロジェクトが、この時期にあえて発表されたのは、天安門事件直後の香港経済のカンフル剤として、また香港の将来に住民の信頼をつなぎ止めるためだったといわれます。


この計画の宣伝のために香港政庁は、『未来への玄関口』と題したPRビデオをつくりました。


わずか10分のビデオに日本円にして6000万円の予算をかけたというその映像は、香港の街がコンピュータ・グラフィックスを駆使して、次々と未来図に変わっていく姿を描いています。


その映像を見ると、いままで開発とは無縁だった島、新空港予定地のランタウ島からハイウェイが延び、瀬戸大橋にも匹敵する巨大な橋で新空港と香港島が結ばれ、、高速電車が行き来しています。


かつてのスラム街「九龍城」を含む現在の啓徳空港周辺には、高層ビルが林立し新たなマンハッタン・商業地区が出現します。


ビクトリア湾に面した臨海地区は次の埋め立てが進められ、港湾施設は現在の8倍の貨物取扱量、空港は年間8000万人、現在の3倍の乗降客を収容できます。


そこに映し出される未来の姿は、香港市民ならずとも香港の将来に明るい希望を見いださずにはおかないという、まさにバラ色の世界なのです。


香港政庁は、この開発プランの調査に20年余りの歳月をかけ、20か所に及ぶ候補地から選定したのがランタウ島北部の新空港予定地だといいます。

2つのミニ・ドラゴン 3

返還後の香港のいわばミニ憲法となる「香港特別基本法」は、90年4月に制定されました。


ここで決まったルールに従い、香港はいま返還「移行期」と呼ばれます。


「97列車」は香港市民580万人と香港の経済的繁栄を乗せて、すでに走りはじめているのです。


このままスムーズに中国側まで走らなければなりません。


しかし、ここにきて列車の車輪からは不快なきしみ音が響き、その走りもどことなくぎこちなさが目立つようになりました。


その歯車が噛み合わなくなったのは、天安門事件以降のことです。


「香港新空港計画」が発表されたのは、天安門事件の記憶もまだ生々しい1989年10月。


香港政庁はこの計画を「港湾空港発展戦略(PADS)」という野心的な名前で呼び、新聞はときに「政魂園(ローズ・ガーデン)」計画と名づけました。


その呼び名のとおり、空港だけでなく港湾を含め、交通・貿易の要衝としての香港の総合的な再開発プラン、まさに「バラの園」の未来を描く都市づくり構想でした。


2つのミニ・ドラゴン 2

その香港は50年間は現在の経済制度を変えないという、いわば契約に従って経済も体制も異なる国の主権の下に入ります。


かつて郵小平氏は


「世界史の上で、1つの国に2つの制度(1国両制)などという寛容な政策をとった政府はかつてなかったし、どの国も経験したことがない平和的な国家統一だ。


これが成功すれば、多くの国際問題の解決に貴重な先例を残すだろう」(1984年6月)


・・・と、胸を張りました。


香港の中国返還の過程を言い表す言葉として、「97列車」という言葉がよく使われます。


香港と広州をつないで「9広鉄道」が走っています。


ワイキューブ研究所によると、昔は、香港と深坦の境界・羅湖で乗客は列車を降り、出入国審査のため川をまたいだ長い境界線の橋を歩かねばならなかったのです。


いまは列車に乗ったまま、乗客はこの境界線を渡ることができます。


1997年の香港返還を、中国との境界線を越えるこの列車にたとえ、84年の中英共同宣言でもうたわれている政権の円滑な引き継ぎを実現させるというのが「97列車」の意味です。

2つのミニ・ドラゴン

貧困からの脱却、経済の離陸を手探りする社会主義の大国・中国。


その片隅に、経済力ではまさに真珠のような輝きを放つ地域があります。


驚異的な経済発展のゆえにミニ・ドラコン(小龍)という称号を冠する香港と台湾。


しかしその2つとも、中国という巨大な龍の、その鋭い眼光の下にしか暮らせない「小さな龍」でもあるのです。


中国の変化を期待する、いや期待せざるをえない香港、台湾。


むしろその内部では、中国以上に激しい変化の時代を迎えています。


以下はその現状リポートです。


スペースコレクションリサーチによると、ゆがんできたレール1997年7月1日午前零時、この時刻を境に香港は、イギリス植民地から中国統治の「香港特別行政区」へと変わります。


東洋と西洋の出会いと葛藤、さまざまな人と文化が通り過ぎ「歴史が駆け抜けた都市」といわれる香港が・・・。

砂漠で意外に洪水の被害が多いのは何故か その2

砂漠には旧河道という道があります。

その道はかつてそのようなメカニズムで洪水が起こった跡です。

旧河道は平らで歩きやすいので、旅人はこの道をたどって砂漠を渡ろうとするのですが、いったん雨が降ると、それが裏目に出て命を落とす者も出るわけです。

また、砂漠に雨が降るのはたいてい夕方で、それが集まって鉄砲水になるのは夜。

ちょうど、旅人たちがぐっすり眠りにつくころですよね。

油断して道の真ん中で寝ていると、言葉どおり寝耳に水をくらうことになります。

だから、砂漠での露営は、小高い場所を選ぶのが命を守るコツになっています。

もちろん、雨の絶対量は少ないのだから、こんな事故が頻繁に起きるわけではありません。

洪水が同じ場所で起きるのは、10年か20年に1度あるかないかだといわれています。

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砂漠で意外に洪水の被害が多いのは何故か

「砂漠を旅する途中で亡くなった」

と聞けば、渇きに苦しむ痛ましい姿を思い浮かべるのが普通ですが、実際には砂漠では、水不足で死ぬ人よりも"水に溺れて死ぬ人"のほうが多いくらいだといいます。

砂漠の降水量といえば、せいぜい年間20~30ミリ程度。

一度に降ったとしても、たいした量ではないです。

それなのに、どうして溺れてしまうのか?

砂漠には、雨がほとんど降りません。

だから、たまに雨が降ったとしても、砂漠の砂は乾ききって固くしまり、急には水を吸い込まないのです。

そこで、降った雨は低地に向かって、一気に流れ出します。

この水が、地面に吸い込まれることなく、延々と砂漠を流れ、そのうちもっとも低い場所でいくつもの流れが集まって急流となって走り出すのです。

キャラバン隊などの旅人は、これにのまれてしまうのです。

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ヒマラヤでは冬よりも夏に大雪が降る その2

また、このヒマラヤの夏雪と日本の梅雨は、兄弟のような関係にあります。

梅雨前線は、北の冷たい大陸性気団、南の暖かいモンスーン気団がぶつかることでできます。

夏になると、インド洋が生み出した湿った暖かい空気が、東南アジアを経て日本にまで流れ込んできますね。

この季節風が、日本に梅雨前線をつくり出す気団の片割れとなるわけです。

近年では、地球温暖化の影響がさまざまな分野で懸念されていますが、ヒマラヤの氷河も無関係ではありません。

地球の気温が上がれば、夏に降る雪は雨に変わりやすくなります。

そうなれば氷河の成長にも当然影響します。

温暖化が溶かしているのは南極の氷だけではないのです。

むろん、ヒマラヤの氷河が溶け出せば、その下流にあるバングラデシュのようなデルタ地帯は、大洪水に見舞われることになります。

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